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他人に寛大であるということ

昨夜、ブログを書きながら、今年の元旦に立てた新年の抱負を見直していたら、一つ、重要な項目が抜け落ちていることに気づきました。

それは、「他人に寛大である」ということです。

自分の気持ちをポジティブに保ち、他人を幸せにし、世の中に貢献していくためには、これは非常に重要なことです。

人間は、毎日生きていく中で、知らぬ間に、他人を傷つけてしまうことが多々あるものです。

たとえ、それが、意図したものではないにせよ、最終的に傷つけられてしまった側は、その傷を癒すのに、多大なるネガティブエネルギーを費やさなくてはなりません。

できることなら、自分の意識しない言動で、そのように、結果的に他人を傷つけてしまうことは避けたいものです。

私自身も、これまでの人生の中で、時折、全く予期していなかった言葉を、思いがけない人から浴びせかけられ、ショックを受けてしまったことがあります。

自分の言動が、他人を傷つけたり、不愉快な気持ちにしてしまっていたりしたことに、直接、そのように言われるまで全く気づかなかったからです。

また、逆に、ある人の発言や行動により、こちらが気分を害するような結果になったことも、ありました。

こういうことを避けるために、どうすれば良いのか?

そこで、大切なのが、どんな時でも他人に対して「寛大」になる、ということだと気づきました。

車を運転していて非常識な運転をするドライバーと遭遇した時、自分が急いでいる時、自分の気分が落ち込んでいる時、自分のプライドを傷つけるようなことを相手に言われてしまった時、たまたま喜ばしくない事が自分に起こったしまった直後などなど。

こんな時、自分の中の「イライラ・ストレス」が急速に高まると、ついつい「悪魔の言葉」が口から出がちになるものです。

これらの「悪魔の言葉」は、時に、自分の「思考パターン」をも支配してしまい、その結果、生じる行動までが、自分の普段の範疇から逸脱してしまいがちになるのです。

他人を意図せず傷つけてしまう時というのは、往々にして、こんな時ですよね。

そこで、大切になってくるのが、「寛大・鷹揚・泰然」とした余裕ある「心境」を普段から訓練して作っておくことだと思います。

私は、そのための訓練こそが、元旦に立てた「新年の抱負」の項目の事項であると確信しました。

他人を助け(慈愛の精神)、他人に喜んでもらい(エンターテイメントの精神)、他人を許す(寛大の精神)ということ。

これからの私の人生は、この三つの精神を追求していくことに終始しそうです!

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