育児は、体に悪い?
睡眠不足が続いています。
これは、赤ん坊の夜泣きが原因ですので、仕方がありません。
1日のうちでも最も長時間、世話をしなければならない妻が最もつらいわけですから、私が根を上げるわけにはいきません。
というわけで、今では、夜の睡眠は、前半が妻が起きて子守をし、後半は4時くらいから、私が交代します。
オムツを替え、ミルクを飲ませ、抱っこをし、子守歌を聴かせても、息子の不機嫌はなかなか止まりません。
睡眠不足が続いています。
これは、赤ん坊の夜泣きが原因ですので、仕方がありません。
1日のうちでも最も長時間、世話をしなければならない妻が最もつらいわけですから、私が根を上げるわけにはいきません。
というわけで、今では、夜の睡眠は、前半が妻が起きて子守をし、後半は4時くらいから、私が交代します。
オムツを替え、ミルクを飲ませ、抱っこをし、子守歌を聴かせても、息子の不機嫌はなかなか止まりません。
受講生のM君は、4月より、晴れて、早大生になることが決まりました。
彼のことは、小学校4年生の頃より、実に9年間、指導してきたので、子供の頃からの憧れの早稲田に合格した時は、我がことのように嬉しかったです。
そんな彼とも、先日、高校生最後のレッスンを終えました。いよいよ、東京での華の大学生活スタートに向けて、旅立ちの時です。
非常に明朗で元気な子だったので、小学校の頃、レッスンに集中させるのにかなり苦労したまだかわいらしかったM君の顔が、つい昨日のことのように思い出されます。
そんな彼とも、いざ、さらば・・・かと思えば、実はそうでもありません。
今年、私達、SEC英語教室は、おかげさまで、10周年を迎えます。
10年前の6月1日、東京から、オーストラリアのベテラン英語教師、アリソン氏を連れて、当地、桑名へやってきました。
あれから、早、10年の月日が流れようとしているとは。
本当に月日の経つのは早いものですね。
10代の頃は、とにかく「賢い人間」になりたいと思っていました。
20代の前半では作家に、後半では、英語通訳になりたいと恋焦がれました。
30代になり、今の英語教室を立ち上げましたが、今では、もう、他にあこがれる職業や身分もなくなりましたね。
40にして惑わず、の明言を残したのは、かの有名な孔子ですが、私も40になるまで、本当にフラフラと、気持ちも立場も揺れておりましたが、昨年の誕生日、40歳になってからは、どっしりと腰が座るようになってきました。
今日は、ウチのスタッフの近藤君と俊君と3人で、今年度のカリキュラムや業務体勢についての打ち合わせをしました。
その後、お昼を食べに、インドカレー屋さんに行きました。
ここのカレー屋は、インドカレーというだけあって、インド人のシェフが作ってくれる店なのですが、とにかく、私のお気に入りなんです。
味はもちろん言うことなしなんですが、何よりも、シェフをはじめ、スタッフ全員の気さくさ、フレンドリーさがたまりません。
今日は、今春から高校生になるT君とのプライベイトレッスンがありました。
中高一貫の学校に通う彼は、ここまでの中学三年間、「勉強をする」という習慣を作ることなく過ごしてきてしまい、成績も急降下の一途を辿っており、先月、危機感を感じたお母さんと一緒にウチの教室を訪れ、入校しました。
ここまで1ヵ月間、レッスンを行ってきて、本人から一向にモチベイションの向上のサインが送られてこなかったので、今日は、思い切って、レッスンの半分以上を、「ヤル気向上トーク」に割くことにしました。
実は、このように、レッスンの半分以上、時にはそのほとんどを使って、受講者のヤル気を高めるために、「トーク」をすることは私にとっては珍しくはありません。
今日は、中学生のMさん、Hさんのクラスがありました。
二人とも、すでにとても優秀で、来年の高校受験は、まったく問題のないレベルに到達しています。
そのため、私のクラスでは、得意な英語にさらに磨きをかけて、中学レベルを一気に飛び越えて、2ランクも3ランクもアップさせることを目指すことにしました。
そして、今日は、その第1回目のレッスンでした。
今日は、子供が生まれてから4日目です。
昼間から妻が入院している三重大まで赴き、沐浴の練習をしました。
その後は、ミルクの作り方、与え方を助産師の方から習い、また、子育てに関する心構えのレクチャーを受け、最後は、オムツの換え方を学びました。
そして、その後、実際に、子供のお尻から「プー」と音がしたので、オムツ交換を妻の助けを借りずに自分だけでやってみました。
最近の私は、とにかく明るいようです。
去年の11月くらいから、頭の中から「迷い」が消えて、突然、目の前がパーっと開けたような気分になりました。
それが傍から見ると、「ノー天気」に映るくらいの、底抜けの明るさにつながったいるのでしょう。
もともと、私は暗い性格の人間ではありませんでしたが、今ほど、四六時中、明るくいられるほど「陽気」な人間でもありませんでした。
また、おもしろいことに、今の明るさをもたらすために、「明るくなろう!」と考えたこともなかったのです。
今日、生まれたばかりの息子が、NICU(新生児集中治療処置室)から無事、妻の部屋へと「引越し」してきました。
生まれた直後、多少、問題が見られた呼吸器系統を監視するため、24時間体制で、そのユニットで面倒を見て頂いたのだが、2日間経って、全く問題がないことが確認できたようなのです。
新米の親としては、まずは、健康に問題がないことがわかり、ほっとしております。
ところで、今日は、妻の出産で自分がある意味「極限状況」の中で、通訳をした一昨日のことを思い出していました。
3月10日、ついに、子供が生まれました。
夜中から陣痛が始まって、義母と一緒に妻を病院まで連れていき、その後、半日以上かかり、夕方前に、無事、わが子と対面をすることができました。
通訳を兼ねる意味もあって、今回の出産には最初から最後まで、妻にずっと付き添いましたが、非常に感動しました。
特に最後の最後での妻のがんばり、そして、医師や助産婦、看護士の方々の尽力を見て、体が震え、涙が止まりませんでした。
私は、おしゃべりが本当に好きです。
どれくらい好きかといえば、妻も友人も親も兄弟も仕事仲間も、時に受講生までもがあきれてしまうくらい、いつもべらべらしゃべくっています。
20代の頃、テレビで明石屋さんまさんとかビートたけしさんがトークショーで楽しそうにしゃべっているのを見て、「あんな風にしゃべることが職業になったらどれだけ楽しいだろう?」といつも思っていました。
そんなことを、時折、友人や親に話すと、「馬鹿!彼らは才能があるんだ。ただ、好きでしゃべっているのとはわけが違う!」ってあきれられたものです。
もちろん、私自身、年を重ねるうちに、そんな夢物語のようなことはだんだんと考えなくなっていきました。
そして、いつしか、興味は英語の習得に移っていったのです。
今日2ヶ月ぶりに散髪に行ってきました。
私は普段は1ヶ月に1回のペースで散髪するので、今回は、普段のペースから1ヵ月も遅れてしまったことになります。
そもそも長髪が絶対に似合わない顔立ちと顔の大きさなので、かなり見苦しいルックスになってしまっていたことでしょう。
ただ、今回、これほどまでに散髪が遅れてしまったのは、単に忙しかったからだけではありません。
実は妻と今年に1月に妙な約束をしてしまったからなのです。
いったいいつ頃からなのでしょう、中学1年で英語を必須教科として習い始めることが義務付けられたのは?
日本では中学教育自体が義務教育なので、中学で英語を習うということは、国民全体が有無も言わせず、必ず英語を授業で習わなくてはならないということです。
文部(科学)省が、その昔、考えていたことはわからなくもありません。
明治時代であれば、鎖国明けの日本が、「富国強兵」で「西欧列強諸国」に追いつくために当時の世界ナンバーワンの英国を意識して英語を学び、また、第二次大戦後でも、次代のナンバーワンの米国を意識して英語を学ぶ重要性があったはずだからです。
しかし、だからといって、国民全体が学ぶ必要性があるのでしょうか?
今年も早いもので、早くも3月に突入していました。
この時期に入ると、新年に立てた誓いもついつい忘れがちになってしまうもの。へたをすれば、自分が何を誓ったのかさえも思い出せなくなってしまっているかもしれませんね。
私も、去年までは、実はそんな感じのところがありました。
しかし、今年は、ちょいと一味違いますぜい!!
というのは、自慢じゃありませんが、今年は、毎日、元旦に立てたNew Year Resolutionや今年の目標、入手したい願望などを全て声に出して、朝に唱えるようにしているのです!
私は、20代~30代の前半まで、どちらかというと年齢より老けて見られることが多かったようです。
顔つきのせいというよりも、むしろ、話し方とか雰囲気などから、なんとなく落ち着いて見られたようなのです。
ところが、40歳を迎えた最近になって、今度は、逆に年齢よりも「若く」見られることが多くなってきました。
自分ではちょっと驚きですが、これも、多分、しわの少ない顔つきのせいだけではないようです。
最近のコメント